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ラマダン明けのロンボクならではの伝統行事 Ketupat Ied


こんにちは!

ロンボク島の「だるまさんが転んだ」

アンディです😎


今回は、ラマダンの続き

イード・アル=フィトルの後に行われるロンボク島の伝統についてお話しします☝️


イード・アル=フィトルレバランとは、「断食(フィトル)を終えること(イード)」を祝う祭りのこと💡



約1ヶ月の断食月終了を祝うイスラム教の最大級の祝祭🕌


レバランは、1年の中でも最も重要な行事の一つです。

日本でいう「お正月」に近い位置づけで、多くの人が家族や親戚と過ごす特別な期間。


レバランには、もう一つ大切な意味があります。

それは「お互いに許し合う日」であることです。


多くの人が家族や友人、職場の同僚などに対して「これまでの失礼や過ちを許してください」と伝え合い、心身ともに新しい気持ちで新しい一年を迎えるような意味合いがあります。


そして、ロンボクには、この時期特有の伝統があります。

その伝統とは、ケトゥパット・イード(Ketupat Ied)です。


実は、ラマダン後に行うもう一つの断食「シャウワール断食(6日間の断食)」というものがあり、ラマダンの精神を引き継ぎ、欲望(ナフス)をコントロールし、徳を積むことを目的として行います。


ラマダンの30日とシャウワールの6日を合わせて断食することは、1年を通じて断食したほどの功徳があるとされています😎


レバランから1週間後に、もう一度お祝いするこのケトゥパット・イードは、ササック族特有の伝統で、シャウワール断食を終えた後の感謝の気持ちを表すもの。



この日は、地元の人が海が観光地に繰り出すため、ビーチや公共施設が大変混雑しますが、サクラカフェ前のビーチも大変賑わっていました。

 

ケトゥパット・イードイベントで行われることのいくつかを紹介します☝️


🔔 聖なる墓への巡礼


断食明けを祝い、神への感謝の祈りを捧げる巡礼。


最も人気のある場所は、マタラム市のロアン・バロ墓地(Makam Loang Baloq)とアンペナンにあるビンタロ墓(Kuburan Cina Bintaro / Bintaro Chinese Cemetery)、そして西ロンボクスンギギのバトゥ・ボロン寺院(Pura Batu Bolong)です。

 



🔔 ングリサン(Ngurisang)


ササック族の間で行われる、伝統的な乳幼児の頭髪剃り儀式です。


 

この行事は、大きな祝い事に合わせて行われ、赤ちゃんの健康、長寿、そして神の祝福を願う意味合いを持っています。


地域の長老が、"マカサン"と呼ばれる祈りの歌を読み上げながら、子供の髪を少しだけ切ることで、子供が正式にムスリムの一員として認められるという重要な通過儀礼です☝️



🔔 ベギブン(Begibung


「みんなで食事を分け合う」という意味です。

ササック族のローカルな表現です


揚げパンや、アヤム・タリワン(スパイシーなローストチキン)やペレチン・カンクン(空芯菜の辛い炒め物)などのロンボク特有の料理を持ち寄り、家族と一緒にビーチや公園で食事をします。


 


🔔 ビーチ観光


スンギギビーチ(Senggigi Beach)、メニンティングビーチ(Meninting Beach)、西ロンボクと中央ロンボクの海岸沿いのビーチには、インドネシア国内からの観光客が殺到し、ラマダン明けの休暇を過ごす人々で非常に賑わいます。


 


ここから、アンディの日記より"ラマダン"に興味を持ち、調べてみたことを大山ともこがお伝えしていきます☝️


と言うのも、アンディの書いてくれた言葉は、一般的なインドネシアの表現ではなく、ササックの人たちの表現が使われていたのです


日本で言う、地方の方言

その地方ならではのお祝い形式でしょうか


ササック族のラマダン〜レバランは、他地域より、個人の信仰ではなく、村単位「共同体」意識がより濃く出ていました


ラマダンの流れを取り上げてみると、

一般的には、ラマダン → 即レバラン


けれど、ロンボク島では、


✔️ ラマダン(断食して内側を整える)

✔️ レバラン(許し合って関係の修復)

✔️ その後の断食(さらに整える)

✔️ ケトゥパット + ベギブン(共食で統合する)


これは、かなり日本的感覚にも近いものがあって、


✔️ ラマダン → (みそぎ)

✔️ レバラン → 許し(赦し)

✔️ ケトゥパット → 清められ

✔️ ベギブン → 直会(なおらい)


"一体となり、共に戻っていく"


一般的な、

断食した → だから終わり

ではなく

断食した → でもまだ途中


ササック族の感覚では、


一度では浄化されない

一度では許しきれない

一度では関係は戻らない


だから、余分に時間をかけて整えていく


整えていく過程の中に、「一緒に食べる」行為があるのは、


頭では許せても

身体ではまだ距離がある


それを埋めるのが、

同じものを同じ場で食べる行為


だそうです


ラマダンをして頭と心に変化が起こる


でも、


また元に戻る

習慣が勝つ

関係も元通りになってしまう


だから、現実になる身体に入るもの、血肉になるものを重視する


それを一緒に行うことで「統合」


"みんなで一つになる"


ササック族の伝統には、とても深い意味が込められていました🙏


また、ササックという言葉は、Sasakではなく、一般的に「1つ」を意味する"sa’saq"という言葉から来ているとも信じられているようです


ササック族に纏わる"ラマダン"を通し、自然に囲まれ、仲間と暮らしてるササック族が、心豊かで幸せそうな事に少し触れられたような気がしました☺️



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