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ロンボク島視察ツアーレポート⑲「ギリ島と日本の深い関係」


ここで少し、ギリ島と日本の関係に

触れていこうと思います🙋‍♀️



と言いますのも、

ギリ島って、ただ「綺麗な南の島🏝✨」

と思っていたのです


行ってなお、そう思っていました


ところが、こうして旅行記を書きながら

調べていると、

直線距離で5500kmも離れているギリ島が

日本と深い関わりがあることに気づきまして

💡💡💡💡💡


そこで、

こんな事を知っていたらまた、

現地での感じ方も変わったのかなと🥺


という事で、

調べてみた事ではありますが、

連々と書いてみようかと思います


どうぞお付き合いくださいませ☺️



小さなサンゴ礁の島であるギリ諸島は、

島内で採取できる

自然の淡水(飲み水になる真水)がなく、

ほんの数十年前まで無人島でした🏝



人が定住し始めたのは、1971年頃


ココナッツ農園を開発するために、

ロンボク島の刑務所の受刑者が

労働力として送られたのが

初期の定住者だそうです


まだ人が住み始めて新しい島なんですね💡


島にできた最初の宿

「Pak Majid(パク・マジット)」が

建てられたのも1982年で、

それ以前は本当に

“漁師と自然の島”に近かったそうです


そこから遡ること30年


太平洋戦争中、

日本軍はインドネシア一帯を占領し、

大型船の重要な航路である

ロンボク海峡を監視する拠点として、



ギリ・トラワンガンは特に、

・見張り所

・監視拠点

・防空砲の設置場所

として利用されていたと伝えられています



島の名前の由来は、


日本軍が地下壕やトンネルを

掘ったことから、

トンネルの島

=トラワンガン(terowongan)


という説や、


ササック語の「テラガン(Terangang)」

という言葉で

・ウミガメが産卵にくる場所

・明るく開けた場所


という説もあります☝️



ギリ・アイル島の周辺には、

戦時中の日本船も沈没していて、

ダイビングで見ることができるそう💡

(沈没は1945年)



この事ね☝️

『沈没船を見に行こうツアー』


改めて思うけれど、

泳げない人が行くところではないよね?😂


それはそうと、ギリ・トラワンガンは、

ただのリゾートではなく、


・海の交易路であり

・戦争の記憶があり

・ササック文化やイスラム文化が交わり

・現代の観光

が幾重にも折り重なった場所なんですね


さらには、

ササック族と日本人との関わりが、

歴史上の出来事だけではないことも

見えてきます👀


ササック族は元々、

・農耕文化

・村共同体

・相互扶助

・年長者を重んじる感覚

を大切にする文化を持っていると

言われています



なので、

戦時中の日本についても、

「ただ厳しかった、怖かった」

というだけではなく、


日本兵が

村人に食べ物を与えたり、交流したり

農作業の技術を教えたりしていた

という

"同じような空気を持っていた人の記憶"

が受け継がれていることもあるようです


単に、「親日」ではないということ


・「見えないもの」を尊ぶ感覚

・派手さより調和を重んじる

・集落単位の空気

・母性的共同体

・"間”を大切にする感覚


ササック族のこんな文化が、

日本人がロンボクを、どこか懐かしく

感じる要素なのかもしれません☺️


「初めて来た場所(国)なのに落ち着く」



私の感じたことは

間違っていなかったのですね😉


・所有するより預かる感覚

・支配するより共にある感覚

・見えないもの存在との共存


ロンボク島は、昔からの記憶で

この土地が自然の周期に合わせて人が生きる

「人間が主役じゃない場所」が

残っているから、

「急がなくていい」空気なのでしょうか🤭


次回訪れる際は、

月の満ち欠けや潮の流れ

風や動物、お祈りなどの自然の音

そんなものをより感じられたらいいな😊



さっ、ロンボク旅行記

ようやくお話は、

最終日ディナーに向けてまいります

次回もお楽しみに😉








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